【慢性的な問題と向き合う②】親は「神」や「絶対的存在」ではなく、「ただの人間」だもの。

こんにちは、カウンセラーの悠ですʕ•ᴥ•ʔ

 

 

ということで、こちらの続きを。

 

「親を許さないといけない」

お弟子仲間に「デモセッションのとき、録音もメモもしてなかったから、ヤタさんが何言ってたか教えて!」って助けを求めてたんです。

みんなやさしいので、メッセージや、ノートの画像送ってもらったりして、内容を思い出していて。

 

前々から親に対して思ってたのが「なんかズルい」

私たちが「愛されてなかった」って思うのは、「本当に愛されてなかった」というよりも、「愛情の需要と供給がズレてた」というケースが多いと思うんですよね。

でもそれ、頭ではわかるけど、「なんでも『愛』って言えば済むと思うなよw」「なんでこっちが譲歩して、頑張って受け取ってあげないといけないの?なんかズルくない?」って思ってたんですよね。笑
ほんと、ひねくれてるなw

育ってきた環境が、私が「ほしい」と言ったものは「ダメ」って言うくせに、ほしくないものを大量に与えられて「してやったのに」って言われてると感じてきたので、余計にそう思ってたんでしょうね〜。

大学に進学して名古屋で一人暮らしを始めたとき、「ほしいものって手に入るんだ~…!✨」って感動したもんなぁ。笑

 

で、お弟子仲間のケイティ「まだ親に対して怒ってるんじゃない?」「親や自分の“不完全さを愛する”がテーマじゃない?」と言われ。

言われてみると、思考の「自分のためにも許した方がいいけど…」と、感情の「許してあげないといけないの?」があったんですよね。
ケイティのメッセージ見たとき、めっちゃモヤっとしたもん。笑

グループの人からもらったノート画像で振り返ってみたら、セッションしてくれたヤタさんからも「愛情が重い(大きい)から、『親を許さないといけない』って思ってる」って言われてましたし。笑

「そっか、私、まだ親を許したくないんだ~…!」と思ったら、ちょっとすっきりしたんです。

 

わかんないなら、本人に聞いてみればいいじゃない。笑

私が親(…というか、おかんかな??)に対して怒ってたのは、「はじめから見積もりが甘いのもあるけど、それよりも“その環境”を変えようとしなかったこと」なんですよね。

そもそもの原因は、祖父母の過保護・過干渉&かなりアグレッシブな性格(笑)だったことにあると思っていて。うまくいかないなら、祖父母と別居するなり、離婚するなりしたらいいのに、何も手を打たずに、ただ我慢して、子どもたちに我慢を強い続けた、と思って怒ってたんですよね。

 

「なんでおかんは離婚も別居もしなかったんだろう?」と思ったので、母親本人にLINEで聞いてみることに。笑
こういうところが、心屋とかナリ心理学に触れてきたからこそなんだろうな〜笑

私にとっては久しぶり?なバンジーだけど、母親からしたら「いきなり爆弾投げ込まれた」みたいな感じだったんじゃないですかね〜。笑
ほんとひどい娘だな〜w こういうとき、「子どもがカウンセラーだとめんどくさいだろうな~w」と毎回思いますw

 

そしたら、翌朝返信があって。

「今ほど離婚のハードルが低くなかった時代だった」
「父親に(父方の祖父母との)別居の選択肢はない。あるとしたら離婚だけ」

などの返信があったんですが。

メッセージの内容を見たら「…ん??これ、子ども<<祖母になってないか??」と思い。

母親にツッコんだら、

「子どもを優先にできればよかった」
「母親自身にとって(父方の)祖母が“絶対的存在”になってたから、思考停止してたかも」
「今なら子どもと出ていくこともできたはずと思う」

と返信があって。

  

ひとまず「まぁ、そうだよな」と“理解”はしつつも、保身にしか思えなくてモヤモヤしていて。

どうしたらいいかわからなくて、ひとまず師匠手放し本で、おかんの「手放しワーク」を。笑

 

私、ラスボスがおとんだと思ってたので、おかんに対してはそれほど“反応”しないと思ってたんですよね。昨年末にいろいろやってきたし。笑

『2年半越しのバンジー「おかあさん、何もできない私でも自慢の娘だと言って」』
 こんにちは、カウンセラーの悠ですʕ•ᴥ•ʔ * ということで、帰省話の続きを。 今回実家に帰ってきたのは、「バンジー」をしたかったからなんです。 母親に言い…

 

だけど、「手放しワーク」をやったら、かなり泣かされ。笑 やっぱり、「自分から相手に背を向けて離れていく」ところがかなりイヤみたいで。笑
おとんもだけど、それだけ親を見てたんだろうなぁ。。。笑

 

親は「神」や「絶対的存在」ではなく、「ただの人間」だもの。

ワークをやった後、あらためて母親からのLINEを見たら、「おかんも、意外と弱かったんだね〜」と思えて。

「子どもよりも自分を優先していい」という「魔法の言葉」が浮かんできたので、泣きながら言ってみたら(笑)、かなりスッキリして✨

子どもだった頃の自分にとっては、おかんは「絶対的な存在」だと思ってたけど。結局、おかんも、弱い部分がある「ただの人間」だったとようやく気づけたってことですかね〜。笑

うちのおかん、問題処理能力が高いし、「質実剛健」がめちゃくちゃ似合う人だと思ってましたし。笑 体力的にもタフな方なので、「おかん=強い」って思い込んでたんでしょうね〜。。。

 

その後、ケイティが大塚あやこさんの記事を紹介してくれて。

親にガックリきて、やっと大人になっていける
大人になるってどういうこと? いろんな見方があると思うけど 私はこう思う。 親が「ただの人」だったことを 受け…

大人になるとは

親が神様なんかではなく
普通の人間であったことに
気づくこと。

そこから始まります。

自分も人間。
親も人間。
立ち位置はフラット。

親にガックリきて、やっと大人になっていける

 

いろいろ記事を読み耽っていたら、こんな記事を見つけて。

愛されなかった子供たちへ。それでも宇宙が「いていい」と言っている
このところ2回にわたって「いのちの逆回転」というテーマで書いてきました。 「自分なんかいない方がいい」というよ…

私たちは無意識に
「愛される」とは「してもらえる」ことだ
という定義で考えているということなのかもしれません。

愛される=してもらえる

してもらったら、愛。
してもらえなかったら、愛じゃない。

てことですよね。

しかしですね。
世の中には

ほとんどできない親御さんもいらっしゃいます。

あの親がそうできなかったのは
子供のあなたが「可愛くないから」「ダメな子だから」「いらない子だから」じゃありません。

あの人は理由があってそう「しなかった」んじゃないんです。
まったく無意識に、自覚なく
ただほんとに「できなかった」んです。
あなたがどんな子であろうと。

あなたがどうであるかは全く関係なく、
あの人は、あの人の事情と理由で
それができなかったのです。

愛とは「いていい」ことだ
という定義で考えたら、
あなたはいてよかったのだから
つまり愛されていた、ということになるわけです。

もっと広い意味でね。
これでも、ね。
あんなでも、ね。
たいへんだったけど、ね。
それでも、私はいてよかった。

きっと「愛」なんて言葉には「はあー??」と思う人も
「いてよかった」と言い換えると、少し納得できるかもしれないね。

私は愛されていた

私はいてよかった

に言い換えてみましょう。
じんわりと味わってみてね。

愛されなかった子供たちへ。それでも宇宙が「いていい」と言っている

たしかに「愛=もらう・してもらうこと」ってイメージがあったかもですね〜。。。
「愛=いていい」ってわかりやすいかも…!✨心屋の「愛=空気」にも繋がる気がする〜♪

  

「こんな世界」にそれでも生まれようと思ったあなたの魂の物語
私たちの悩みとか苦しい思い、 その元をたどっていくと必ず 「劣等感」にゆきつきます。 悩み・問題の奥に「劣等感…

「生まれない方がよかった」
って思っちゃったのは

生まれてきた世界が
あまりにもアレだったからですよね。

でも、それでもそんな世界に
生まれてこようと思ったんだよねー!

いえ、むしろ

「そんな世界だから」
生まれてこようと思ったんだ。

なぜなら、あなたは
「そんな世界」をなんとかする
っていうのが、お役目、ミッションだから。

その愛を持って
「そんな世界」を少しでも
「光の世界」にするために。

「やってきます!」
「行ってきます!」

って言って来た魂なんだ。

だから
「生まれちゃった」んじゃない。

「生まれようと思った」んだ。

だから
「せっかく生まれてきたのに
 世界が受け入れてくれない」
じゃなかったんだ。

拒絶や否定のうずまくこの世界でも
私は行こう。

その拒絶や否定のうずまくこの世界に
愛をもたらすためにこそ。

魂は、こっちなんだよ。

だから、その拒絶や否定に
つぶされる必要は全くなくて

むしろそんなものが来るのは承知。

魂はそんなものにはビクともしない。

魂は傷つかない。

強い強い愛があるから。
それはまるで鋼(はがね)のような。

鋼の愛をたずさえて
あなたはこの世界に来たんだよ。

「こんな世界」にそれでも生まれようと思ったあなたの魂の物語

なんか、師匠の記事とも重なりますね〜。

ずーっと欲しかったのに手に入らないものは、「あなたが与えに来たもの」なのだ。 | 心理カウンセラー根本裕幸
* 最近、個人的にマイブームなので(?)、個人セッションをちょこちょこやっていまして、昨日は2本も似たテーマが続いたのでネタにしてみました。 ちなみに個人セッションは単発でも受けられますが、3回、6回のセットコースもあります。PCCって言います。 ↓

やっぱり、自分で選んできたんだろうなぁ。。。笑

 

ということで、おかん問題については、ようやく一段落しました。笑
長かったなぁ。。。笑

「許せた」というのがわかんないけど、「まぁ、しゃーないよね〜」と思えてるし。前より目線の高さが同じ感じがしてますね。
当時のおかんをカウンセリングしてる妄想も、前よりよくするようになったし。笑 (実は前からたまにしてた笑)
んで、「今まで頑張ってきたんですね〜^^」「子どものこと、大事なんですね〜^^」ってハグするシーンが浮かぶんですよね。笑 おかげで、おかんがちょっとかわいらしく思えてます。笑

 

言い訳してもいいですか?笑 

あ、そうだ…!言い忘れてたので、1つ言い訳してもいいですか?笑
↑デモセッションで教わった、「言い訳しても相手に受け取ってもらいやすい方法」笑

朝活のデモセッションで「『すごい』と思ってる人に直接質問できて、教えてもらえる、今の環境がありがたい」って言ったのは、あれは本音ですよ。

セッションでも言ってましたが、私ずっと「自分より手の掛かる人」がまわりにいて。まわりの人はそちらに掛かりきり&私はわりと放置プレイだと感じてきたし。「大人はアテにならない」と諦めてたし。自分で調べたり、見て覚えたり、「自分でなんとかする」のが当たり前だったんですよね。「伝わってない」「通じてない」って思うことも多かったし。
師匠のカウンセリングでは「聡い子」って言われたなぁ。笑

だから、すぐ人に聞く人とか見ると「この人は『聞いても大丈夫な人』だったんだな」「『欲しい』って言ったときに『もらえる人』だったんだな」って羨ましく思ってましたね。
学生のときも、自立しすぎてて頼り方がわからなくて、全然頼れなかったもんなぁ。笑

カウンセリングにしても、心屋は「何やっても自由」な反面、「放牧」ですし。
その中でも、私の師匠・コバは特に「放牧」って言われてますからね〜笑

「人に聞ける」「教えてもらえる」って、すごくありがたいことだと私は思ってます。

 

 

ということで。

最後のお弟子講座のときに、何人かから「雰囲気変わった」って言われたので。

今回のおかんの件でどんな影響があるのか、楽しみです♪^^
↑さっそく下心満載(笑)

 

無料カウンセリングモニター募集中です♥

こちらも募集してます♥

3+